●フルーツの本場山梨ひらやま農園から「ぶどう&桃」を直送!
お中元には山梨ひらやま農園の産地直送新鮮フルーツ「桃&ぶどう」をぜひどうぞ!
桃とぶどうの山梨ひらやま農園
ひらやま農園栽培のこだわりとは?
果樹園の土壌は、出来るだけ土壌の状態を自然のままに保ちたいとの考え方から、有機認定肥料などを投入し完熟堆肥を目指されています。つまり、時間をかけて完熟堆肥にする作業を行っています。その時、不足しがちな微量要素を特殊な方法で完熟堆肥と混ぜ合わせじっくり寝かせた完熟堆肥を畑に投入するのが特徴。より豊潤な味覚を求め、なおかつ安心で安全な作物をつくることにこだわられている農園です。
桃とぶどうの山梨ひらやま農園
の桃はその品質の高さから、多くのひとに選ばれる桃なんです。なぜそれほどまでに桃の人気が高いかと言いますと、甘いのは当りまえとして糖度と酸度のバランスが絶妙なところにあります。良い桃というのは糖度が高いのは当たり前としてそれに加え深いコクがあるのです。
その全てを兼ね備えた桃は食してみる価値あり!桃好きにはたまらない上品で何ともいえない甘さ深いコク。一度食べたら忘れられない味になります。夏の風物詩としてご自宅の食卓に、もちろん大切な方への贈り物としてもオススメ。
山梨ひらやま農園の桃![]()
●白鳳
桃の王様ともいえる白鳳は、山梨でもっとも生産量が多い品種。桃とぶどうの山梨ひらやま農園
でも主力の商品。ピンク色に染まる外観は美しく、果肉は緻密な白色で果汁が多く、酸味は少なく上品な味が魅力。一番の特徴はバランスの良い元気な木で作られた、白鳳の芳醇な香りと硬すぎずまた柔らかすぎない食感と味わい深いコクなんです!これは食べた人ではないとわかりませんが、甘さだけでなくコクを味わえる桃です。
旬の時期:7月下旬〜8月上旬
●日川白鳳
桃の中で早くから熟す品種で、山梨県の早生種の主力品種す。果肉は白色で果汁が多く、甘みもあり着色のよい桃です。
旬の時期:7月上旬〜7月中旬
●浅間白桃
山梨県で生まれ育った品種。大玉、鮮明な着色、甘味が多く香気があるなど外観・食感・味覚の3拍子そろった優れた品種。
旬の時期:7月下旬〜8月上旬
●ちよひめ
桃とぶどうの山梨ひらやま農園
の畑で一番早く収穫できる桃。小粒ですが糖度が高目。
●みさか白鳳
御坂町発祥の白鳳系の桃。形状は大きめ。
●一宮白桃
日本一の桃の生産地・一宮発祥の品種。糖度は抜群。
●川中島白桃
色よし、味よし、形よしの三拍子そろった桃です。
ひらやま農園のぶどう![]()
●巨峰(露地栽培)
ブドウの王様と呼ばれ人気が高い品種。外観は紫黒色で美しく、食味も優れ日本人に広く好まれています。ぶどう王国山梨の中で生産量がもっとも多い品種です。桃とぶどうの山梨ひらやま農園
では、新に巨峰の畑を借りまそうです。従って例年よりたくさん出荷できる見込み。
旬の時期:8月中旬〜9月頃まで
●藤稔(露地栽培)
桃とぶどうの山梨ひらやま農園
で栽培している品種の中で最も大粒なぶどう。多汁で食味は巨峰よりもやや劣りますが、外観が優れています。
●甲州ぶどう(露地栽培)
山梨で栽培歴が800年〜1,000年とも言われています。秋の山梨を代表する品種。紫紅色で独特の色沢を持ち、適度な酸味の素朴な味が魅力です。主として醸造用(白ワイン)です。通な人は「これが本当の葡萄だ」と好んで食べられる人もおります。
旬の時期:9月下旬〜10月中旬頃
ぶどうの歴史は古く、紀元前4,000〜5,000年頃にはワインが作られていたという記録があります。紀元前から広く栽培され、今でも世界で最も生産量の多い果実のひとつです。日本でのぶどうの栽培は甲州ぶどう始まりとされています。その時期については鎌倉時代などいくつかの説があります。江戸時代には近畿、中国地方などに広まっていきました。
明治時代になると各地で本格的な栽培が始まります。そして明治122年には日本最初のワインが醸造されました。この頃、ヨ−ロッパからブドウが導入されましたが、日本の気候に合わすことができず、うまく育ちませんでした。その後、今度はアメリカから、デラウェアやキャンベルなど品種が導入され、それらは見事に生育します。これらをもとに品種改良が進み種ナシ化が行われ、現在のようにいろいろな品種のブドウが食べられるようになりました。
●桃とぶどうの山梨ひらやま農園
のブドウに含まれるカラダの健康によい栄養成分
数年前のワインブームでポリフェノールが有名になりました。これはぶどうの皮や種に多く含まれています。コレステロールの酸化を防ぎ、心臓病などの予防などに効果があるとされています。果実自体にもブドウ糖やビタミンB1を多く含み、エネルギーに変える手助けをして疲労回復などに効果があるとされています。カリウムも多くふくまれ、高血圧の予防に役立ちます。最新の研究ではペンタペプチドという物質が脳機能の改善に大きな役割を担うと注目されています。![]()
甲州ぶどうのミニ歴史
甲州ぶどうは、古くから上岩崎、下岩崎及び勝沼を中心に栽培されてきた。特にその植物的性格から適地がごく一部に限られた自然条件にあった。甲州ぶどうが果物として取引されるようになったのは、江戸時代五街道が開け甲州街道もその中の一つとして江戸から諏訪まで39宿が決定されてからのこと。
荻生徂徠は、「峡中紀行」の中で「勝沼の宿は人家多く繁昌なるところ甲州街道で第一番地、甲州葡萄は此国の名物なり」と記している。甲州ぶどう発生の伝説は二つある。
雨宮勘解由伝説
文治2年(1186年)上岩崎の住人、雨宮勘解由は付近の山「城の平」で行われる石尊祭へ(毎年3月2 7日)例年のように村人と一緒に参列するため山道にかかった。ところが偶然にもその路傍に、一種のつる性 の植物を発見した。これは未だかつて見たことのない植物であり、一緒にいた村人とも相談してこれを自園に栽培。
それから5年の春夏を経てそのつるは繁茂し、ついに建久元年の5月に初めて30余の房が結実した。勘解由は、この珍しい果実に自らが驚き、栽培の努力の賜と思いその年の秋の実りに期待した。そして8月下旬にその果実はことごとく熟し、色は朱紫のように、味はきわめて甘美であったので、勘解由はこの果実の繁殖方法を研究し、同8年ようやく13株となった。この年、鎌倉右大将源頼朝が長野の善光寺に参詣の際、そのぶどうを三箇ご献上した。その後、子孫の雨宮織部正は領主武田信玄へぶどうを献上し、非常にその美味をほめられ太刀を賜わったと伝わっている。![]()
大善寺説
いまから1270年前元正天皇の養老2年(718年)に僧行基が西方よりこの甲州市勝沼の地へやってきた。そして甲州市勝沼町勝沼地区と 岩崎地区の間を流れる日川に沿って柏尾に至り、たまたま川岸にそびえたつ大岩石の上に静座して祈願を続けたところ、21日目に忽然と薬師如来が霊夢となってこの岩上に現われた。しかもこの薬師如来の御姿は金色にさん然と輝き、右手にぶどうを持ち、左手に宝印を持つという普通の薬師如来の御姿とは違ったものであった。
行基は早速この霊感に従って、この地に一寺を建立することを思い立ち、付近の山に登りケヤキの大樹を切って薬師如来の御姿を刻んで安置し奉った。この寺が柏尾大善寺。そして、伝教の法典の党禅鈔第一薬師法十九薬師像の中に「呼迦陀野軌言薬師仏座宝蓮花座、其形金色為相也、左手取宝印置花膝上、右手取葡萄、葡萄諸病忽除之宝薬也」とあり大善寺の葡萄伝説は、この覚禅鈔によるともいわれている。
以来、長い間つくり続けられてきた山梨は、ぶどうの産地として全国にその名が知れ渡り、もはや知らぬものはないほど普及して定着したといってもよい。
桃とぶどうの山梨ひらやま農園
は、環境保全型農業を志すエコファーマーの認定を受けておられます。「エコファーマー」の「エコ」は、エコロジー(生態学)に由来しますが、「エコマーク」「エコビジネス」など、環境にやさしいもの、環境に配慮したものの象徴として広く親しまれている用語。
持続性の高い農業生産方式を取り入れた農法とは、土づくりは、完熟堆肥施用などで自然にちかい土壌にしてく。施肥は施肥窒素を有機質由来の窒素とすることで、化学由来の窒素量を低減。窒素投入総量も低減をはかるフェロモン剤や生物農薬等の活用による農薬散布回数の低減。などを行い環境保全型農業を導入して、みんなが努力すれば持続できる農業を営めるようになるということであろう。桃とぶどうの山梨ひらやま農園
は、きわめてすぐれた実践者のひとりであるといえます。


